庫裏ができるまでの話②の続き。
光桂寺にて、ヒヤリング・実測・建物内外の撮影を終えて、その日の作業は終了。次の日は市役所や県庁などの役所周りのため福岡に宿泊。
当時の光桂寺の敷地内には、本堂、庫裏、納骨堂、車庫と厨房・倉庫になっているプレファブ、隣接する保育園の先生の休憩所、当時の住職の息子さん(現住職)の住居と、合計6棟の建物が建っていた。既存の庫裏を解体して回新たに庫裏を建て替えることにあたって、それら既存建物が建築基準法上問題がないかどうかを確認する必要があった。まずは完了検査を受けているかどうか、検査済証があるかどうかというのがポイントになってくるわけだが、調べてみたところ、当時の住職の息子さん宅以外は完了検査済証はないことが分かった。


本堂と庫裏はそこそこ古い建物なので検査済み証がない(完了検査を受けていない)であろうと予想はしていたが、納骨堂は昭和30年代ごろに建てられたものの、平成に入って2回増改築を行っているし、プレファブや休憩所も平成に入って建てられたもので、どちらの建物も設計事務所が設計監理を行っている。当然ながら確認申請書は提出していたのだが、残念ながら完了検査は受けていなかった。寺院であれば将来的・継続的に増改築を行う可能性が高いのできちんと完了検査は受けておいてほしかった。そもそも同一敷地内の他の建物の確認申請を出した時に何も指摘されなかったんかいな、設計者も役所もいいかげんだなー、と思ったものの、今更どうしようもない。
翌日、まずは小郡市役所へ向かう。建築指導課にも顔を出したが、市街化調整区域内における建築行為の相談ということで、主な相談窓口は都市計画課になる。新たな庫裏は、ヒヤリングした内容からはじき出すと、延べ床面積は1000㎡近い数値になる。そうなると従前の敷地内建築物の延床面積合計の1.5倍を超えてしまう。また、敷地の拡張を行う可能性もあるのだが、それが良いのか否か、また拡張予定の土地の地目が墓地だったり、畑地だったり、宅地以外の地目になっているが、それは問題はないか。さらに既存建物の多くが完了検査を受けていないがどうしたものか。そういった内容を相談したところ、床面積が1.5倍を超えたり、敷地の拡張を行うとなると県の建築審査会の協議が必要になるが、これはなかなかハードルが高そうですよ・・という話になる。いずれにせよ福岡県の判断が必要になるので、県庁の開発課の担当者と相談するようにと、取り次いでもらう。うまい具合に県の担当者がその日の午後空いていたので、土木事務所に行く予定をキャンセルして、急いで県庁へと向かった。

福岡県庁の建物もクスノキの巨木に囲まれている。光桂寺の敷地内にもクスノキの巨木が生えていた(最終的には建設の際伐採してしまう)が、クスノキは福岡市の木だそうだ。県庁内の開発課に向かい、小郡市役所で話した内容を改めて担当の方に説明する。回答はほとんど小郡市役所の担当者と同じようなものではあったが、小郡市役所の人は「県の判断によっては・・かもしれません」「県の考え方によっては・・」という言い方であったが、県の担当者の回答は「それは無理です」「それは建築審査会にかける必要があります」「それは○○条の許可が必要です」「許可申請に最低3か月以上かかります」「この書類をそろえてください」と、ズバズバ回答してくれる。僕がお寺の存続とか、現代の寺院の必要性などナイーブな話をしても、「市街化調整区域内の建築行為は制限しなければならない」という基本的なスタンスがあるので、あまり効果はなくて(後々、県の担当者には現住職から直接この辺の話をしてもらうことにはなるが)、「市街化調整区域内に居住している門徒さんの人数はどれぐらいいるのか?」「その床面積はどこから導き出したのか?そんなに面積が必要なのか?そもそも建て直す必要があるのか?」などなど、まあ当然と言えば当然なんだけれども、外部から見ても建設が必要であると判断できるような客観的根拠の提出を求めてくる。また、「最近の寺院は納骨堂を建設して、そっちの経営ばかりに熱心になってしまい、実際の寺院としてやるべきことをやっていない・・」という考えが開発課にはあるようで、「寺院の建設に関しては最近やや厳しく見ているんですよね」とも言われる。
そんなこんなで結構色々言われたが、要約すると、まあ建たないことはないんだな、と気楽に考えて新幹線に乗って京都に帰ったのだった。

④に続く
